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長谷章宏の世界とは。。。歴史上いまだかつてない激動の時代を乗り越えるための真日本復活への処方箋~『現代社会の極楽トンボくんたちへの新しい時代を生きる人間学』~プロローグ
「実践・日本真道」 ”事実 その4”より抜粋(p256~p263)

この本は、実現不可能な理想を書いたものではない。今の世で言うフィクションなどではない。あなたの手の届かない別世界の話でもない。現実にはありえない仮想現実や空想でもない。単なる宗教や哲学の話でもない。神話やお伽話でもない。すべて、あなた自身が体験することが可能な実話である。この本に書かれていることはすべて事実であり、今のあなたがいる世界の本当の姿である。あなたの人生が思い通りにいかない本当の理由、あなたの嵌まっているトリック(罠)、あなたが諦めている本当に自由な世界を思い通りに創造するための法則、あなたの現実の創造のメカニズム、言い換えれば、あなたの人生のカラクリを明かしたものである。あなたの体験する現実のすべてに影響を及ぼす、あなたという存在の根本にある間違いを正すための、最低限の基本を書いたものであるともいえる。

この本をただの知識として読み流すならば、何も読んでいないのと同じである。あなたは、
白紙の束をめくっていただけに過ぎない。この本の中身を、都合の良い部分だけ抜き出してアレコレと詮索しようとしても、単に教養として身につけようとしても、その行為は全く意味をなさない。あなたはこの本から何も得ることはできない。時間の無駄である。この本が、あなたにとって本当に価値のあるものとなるのは、自らの生き様を根本から直すための実践ガイドとして使った時である。この本を生かすも殺すもあなた次第であり、それは、言い換えれば、あなたを生かすも殺すもあなたの態度次第だということである。あなたがなぜこの本を手に取ったのか。今ここで、もう一度、しっかりと考えてみて欲しい。

ここに書かれているのは、あなたとは関係のない別世界の話ではない。すべて、あなたの内の話である。あなたの内を見る鏡である。それは、あなたが見失ったもう一人のあなたが語る真実、あなたを含めたすべての世界の真実である。あなた自身を外したら、あなたの世界の真実は何もわからない。あなた自身が、あなたのすべての現実を創る、あなたという世界の創造主である。あなたが変わらなければ、あなたの体験する現実は何も変わらない。他者や外界を変えようとするあなたが変わらなければ、他者も外界も変えることはできない。あなたの周りの世界があなたと別のものであると思えば、あなたが本当に望んでいる現実を実現することはできない。あなたの体験する現実は、あなたがどんな神を信奉しているか、によって左右される。「本当の自分」という、あなたの本当の天国を産み生む本当の神の語る内話こそが、あなたが望んでいる現実をすべて実現するための教えである。

あなたという神が、あなた以外の神が語る嘘の世界の罠に嵌まって闇に葬り去っていた、あなたの世界を創る本当の源「本当の神」の教えを再び聴き戻すことが、あなたの本当の天国を実現するための第一歩である。あなたの人生についてのただ一人の専門家はあなた自身である。あなたという存在についての研究の第一人者は、世界中どこを探してもあなたをおいて他にはいない。あなたが語る周りの世界についての話は、すべて、あなたという世界についての話なのである。このことがわかったら、今すぐ、自分と自分との対話に移ることである。あなたがした質問にあなたが出した答えの○×を、あなた以外の誰かに確認することはもうやめて、自分という神(教師、教祖、グル)に確認してみるとよい。その答えは、あなたの出した答えと同じはずである。あなたがあなたの答えを疑えば、あなたは永遠に真実を知ることはない。シャキッと目を覚まして、本当の真実を見て欲しい。

この本の事実をすべて受け入れれば、あなたは「完全なる自由」を手にすることができる。

これをまた『そんなことは本当にあるのか』と疑えば、あなたは堂々巡りから抜け出すことはできない。あなたがあなたを疑うことをやめない限り、その堂々巡りは永遠に続く。それをやめさせることができる存在は、あなた以外にはどこにもいない。あなたがその問いを完全に封印することが、滅びのスパイラルから抜ける唯一の道である。あなたがあなたを完全に信頼しなければ、今までの嘘の世界を彷徨うことになる。今までの嘘の教えを心底から信じ込んでいたのならば、それと同じことをすればよいだけである。あなたが今持っているものは、嘘の真実である。嘘の真実が本当にあったのなら、本当の真実が本当にあるのは当たり前のことである。本当の真実には嘘はどこにもない。本当の真実に生きているならば、疑うことはしない。本当の真実を疑う基準は嘘の真実である。黒を白と思い込んで、その基準で価値判断すれば、その答えは黒となる。しかし、事実は、白と思い込んでいた真実は黒であるから、黒に見える真実が白なのである。後は、あなたが、いつ疑うことをやめるか、という問題になる。白は白である。本当の白の真実を完全に信頼することである。怖れや不安は、嘘の真実が見せる幻である。嘘の幻覚に打ち克つことで、本当の真実が本当であることを確信することができる。すべてはあなたの決断次第である。

あなたの世界はあなた独自の世界である。本当の真実を知ろうとして、あなたの目の前で展開する他者の世界の出来事をあれこれと評論していても、無駄な努力である。たとえ、この世にあるすべての現象を取り上げて著者が一つ一つ解説したとしても、あなたの根本が変わらなければ、何もならない。それは、永遠に終わらない意味のない遊びに過ぎず、いつまでたっても、あなたの本当の天国への旅は始まらない。あなたが本当の真実を知りたいならば、あなたの体験した現実を具体例にして、自らで真偽を確認していくしかない。

どんなにたくさん具体例をあげて説明しようとも、それをどう解釈すればいいのか、どう使えばよいのか、気づいたことをどう処理したらよいのか、自分と自分の対話とはどういうことなのか等々の基本を、体験を通してあなた自身がマスターしていかなければ、あなたは今までの現実から永遠に抜け出すことができない。あなたが、自分自身の人生というゲームの歩き方を自分の意思で実践を通してマスターしなければ、分からないことが出る度に『これはどうすればいいのか』『これはどういう意味なのか』『これは本当に正しいのか』『こう考えても良いのか』『こうしても良いのか』云々とあなた以外の人に訊き続けなければならなくなる。文献を探し続け、講演会を聞きまくり、宗教を渡り歩くという、いくら続けても答えが出ない意味のない行為を、永遠に続けなればならなくなる。あなたが、自分の出した答えを疑っている限り、あなたは誰かに確認し続けなければならない。今までの癖を捨て去らない限り、あなたが本当に自由になることはできない。自分以外の誰か(何か)に、『いいのかどうか』と自分の出した答えを確認し続けて、嘘の神の真実に振り回された挙句、偽の天国を目指して突き進み、望むものは何も得られず、何がなんだかわからなくなった末に、最後には、結論が得られないまま、あなたは永遠に滅ぶことになる。どんなに確認しまくろうと、結局は、あなたの出した答えに戻るのである。あなたが早く自由になりたいならば、恐怖や不安に飛び込んで、答えの真偽を確認すればよいだけである。

この本には、あなたがあなたを信頼し直すための、今までの癖を取るためのトレーニングに使える材料が満載されている。あなたがあなたの再教育をするためのテキストでもある。あなたは、あなたの出した答えにすべてOKを出せばよいだけである。『本当にOKを出していいのか』と、ここでまた今までの癖を出せば、堂々巡りに逆戻りである。その癖を完全に取ることが、あなたの再教育の課題である。この本の事実に照らせば、あなたが出すどんな答えにも○を出せるはずである。今までの世界で×と言われていたことも、実際は、本当の×ではない。それがどんなに荒唐無稽なもの、許しがたいもの、不可能に思えるものであっても、疑わず、否定せず、誰にも同意を取らず、あなたが思ったこと、わかったことに、自分が同意すればよい、ただそれだけである。あなたは、自分がしたことに責任を取るならば、何をしてもよい。誰かに訊くということは、その誰かに責任を押付けるということである。『いいのかどうか』と訊くとしたら、いいと答えればやり、よくないと答えればやらない、そして、やってうまくいかなかったら責任転嫁をすればよい、と思っているということである。すべてに自分で責任をとるならば、誰にも確認する必要はない。

あなたが今までの癖を持ったままならば、あなたは絶対に自由になることはできない。誰かに責任を渡している限り、あなたが自由にならないだけのことである。あなたが責任を取らない限り、あなたは誰かの奴隷であり続ける。あなたが奴隷であり続ける限り、あなたには完全なる自由はありえない。あなたがあなたを完全に自由にしない限り、あなたは完全に自由にはならない。自分が責任を取らずに自由になることはありえない。あなたがあなたを疑っている限り、あなたの中に疑いがある限り、あなたの本当に望む世界をすべて実現することはできない。あなたの中に「?」がある分だけ、あなたは自由にならない。疑っているのはあなた自身であるから、あなたを奴隷にしている王様はあなた自身である。

あなたは、いつまで確認しているのか。いつまで疑っているのか。著者は、言葉で語ることも、別の文章を書くこともできるが、それは、材料の追加や補足に過ぎない。あなたが誰かに頼り続ければ、何万人に話を聞こうが、何万冊本を読もうが、どんなにたくさん材料を仕入れようが、結局は、何もならない。『いいんですか?』の答えはただ一つである。あなたの質問にはあなたが答えるしかない。あなたがすべてわかっているなら、あなたの中には質問は出ない。問いと答えを分離しているのはあなたである。あなたの質問の答えを×しているのはあなたである。あなたがあなたに語ることは、どんなものであってもすべてを認めること。あなたが、滅びの道の堂々巡りから自分を救う方法は、それしかない。

この本は、この本に書かれていることを実体験を通して確信しなければ、絶対に書けない。

この本のソースは、自動書記(霊感、神示)と呼ばれる形で提示されたものである。神典や神の啓示、預言、神託、チャネリングと言われるものは、この形で降ろされたものである。このメッセージは、検証のプロセスを経ずに、受け取ったものをそのまま言葉や文章にして公開することもできる。著者もその形で公開したことがあるが、その時はまだ、本当の意味で確信していない段階であり、著者にも若干の疑問が残っていたため、読者の反応に本当に自信を持って対応することができずに悩んだ。その後も、当時の社会状況を反映させながら、表現を変えて何冊かの本を書き、講演会もしたが、その当時の著者のレベルでは、どんなに分かりやすく話をしようとも、読者が取り違いをする公算が大であることを学んだ。しかし、その体験を通して、最終的には、現代社会での体験と結びつけながら、さらに具体的な実践の裏付けがある理論の形で統合して提示した方がよいという結論に達し、『今ここでどうすればよいか』という実践的ノウハウという形で、より広い読者層に公開することができる内容にする必要があると判断して、難儀ではあるがその道に踏み込んでいった。そして、その結論が、最後の講演会を終えてから以後、言うならば、地下に潜伏して最後の総仕上げをした4年間のフィールドワーク(実際に、その時の予想以上に、とんでもなく難儀な体験の連続ではあったのだが)を経て書いた、この本なのである。

この本を使うに当って大切なことは、自動書記とは何なのか、その出所はどこなのか、どんな存在が送っているのか、メッセージは本当のことなのか、等々にフォーカスすることではない。その世界に嵌まってしまうと、あなたは、別の罠に落ちることになってしまう。イエスキリストが本物か偽者か、イエスキリストの神は本物か、という議論をしていても全く意味がないのと同じである。イエスキリストの言ったことそのものを自分が信じるか信じないか、が重要であり、信じたならば、一言一句違わずその通りに生きることである。あなたは、今までも、今生で教えられてきた常識を真偽も確かめないまま鵜呑みにして、一言一句違わず実行してきたのである。その結果があなたの現実であり、この本を手にするハメになった原因である。あなたが今まで何を信じ、どんな行動をし、どんな体験をしてきたかは知らない。しかし、あなたがどんな現実を体験していようとも、今のあなたの現実、今あなたがいるその場所が本当の天国へ戻る出発点なのである。あなたがそれを否定したら、あなたの今までの人生は無駄になってしまう。要は、あなたが今までの間違いを認め、今まで体験してきたことを材料にして、本当の天国に向かってゼロから出直す覚悟をすればよいだけであり、それが、自分をすべて認め、自分の今までの苦労や体験を本当に活かすことにもなる。結局は、この本や著者の素性を探ることに心血を注ぐのではなくて、この本に書かれている事実をあなたがどう使うか、ということが大切なのである。

この本をあなたの役に立つものにするためには、生き様の根本を正す材料として使うことである。あなたがこの本(の事実)や著者の真贋を確認してから信じると言うならば、それでも構わない。ただし、その間は、あなたは、現代社会の嘘の常識の世界に居続けることになり、本当の真実への道がどんどん遠くなっていくだけである。現代社会と裏表の事実を書いたこの本の鑑定結果は、あなたの鑑定眼(判断基準)次第である。結局は、本物かどうかを決めるのはあなた自身であり、この本をどう使うか、いつ使い始めるか、使った結果をどう扱うかは、あなた次第なのである。これは、他の書物や講演会等にも言える。この本は、言わば、あなたの真贋鑑定の時間と手間を省くために、著者が、現代社会にある様々な仮説や常識の真贋鑑定をして提示した、現代社会の真贋鑑定の報告書でもある。

さて、話をもとに戻そう。当時の著者が受け取ったメッセージの内容としては、この本に書いてあることそのものであるが、それは、著者の分析、価値判断、思考を停止させるが如くに、記録していくペンが追いつかないほどの速さで次から次へと心に浮かぶ、という体験としてもたらされた。現象としては、あなたが自分の思いついたことを走り書きするのに近いが、それはまさに、本当の自分が嘘の自分に論争を仕掛けるが如く、この事実に嘘の自分が抵抗する(自動書記を止めようとする)ほど苦しくなって、結局は、(いつもそうだったのだが)、著者がどう抵抗しようとも、ある量のメッセージの記録が終わらなければ、それは止まらなかった。この現象は、また、著者が著者自身の書いた本から知らなかったことを知らされる、という如くの「知らずして知る」という摩訶不思議な体験でもあり、自分が知らないことが自分の中から出てくるという、常識では解釈が困難なその体験の意味付けをするのに苦労した。メッセージは、ある時期から、その時々の事件や事故、社会問題等の、いわゆる時事問題の本質の読み方とでもいうようなものに変化していった。

著者が初めてこの本にあるような事実を知ったのは、バブル崩壊直後の、大震災もオウム事件も起きていない、日本がまだバブルの余韻に浸っている頃だった。その頃の著者は、教師として現代社会にどっぷりと漬かっていて、今の社会は何かがおかしいと薄々は感じてはいたものの、当時の常識を真実として教壇に立っていた。著者がメッセージをどう感じたかと言えば、それまでに学んできた常識ではありえない話、うさんくさい話、許されない見方、抵抗ある見方に感じたであろうことは、ご想像頂けると思う。それは、あなたがこの本を読んで感じている反応と同じである。自分の内から出てきたものであるにも関わらず、それが信じがたいものであるという、二人の自分の存在に若干の怖れを抱くこともあった。しばらくは秘密にしていたが、周囲の人間に話し始めた時は、当然にこういう反応が返ってきた。『あんたは何を馬鹿なことを言っているんだ』『頭がおかしくなったのか』『そんな宗教を信じていたら大変なことになるぞ』『そんなことできるわけがないだろう』『そんなことをしたら家族や社会に迷惑がかかるからやめろ』『どうなっても知らないぞ』『後で泣きついてきても助けてやらないからな』云々。言うなれば、この世に存在するありとあらゆる非難の言葉と行動を返されたと言えるかもしれない。ただ、その頃にも、「進んだ」「新しい」考えを持っている人もいることはいたので、少しは話を聴いてもらうこともできた。しかし、時の経過とともに、そういう人たちからもだんだんと相手にされなくなっていき、自分の質問に答えられる他者の存在も消えて、結局は、自分が自分で自分の質問に答えるしかなくなっていった。自分の頭の中だけで対話している分には問題はないのだが、自分の人生すべてを通して実践していくとなれば、それは、とんでもない抵抗、非難、中傷、無視、蔑み、嘲笑の連続が待っていた。それは、家族や親類であっても同じであり、近い分だけ封印する力は強かったように思う。まさに、奈落の底に落ちていくような本当に孤独で厳しい自己対話と実践の連続を経て、ようやく今ここまで来たのである。

当時の著者にとって、それは、認められない、許しがたい、ありえない、恐ろしい考え方、簡単に言えば、当時の社会状況の中では、とんでもない内容だったのである。とはいえ、その見方で現実を見直していってみると、確かに、そのメッセージの方が核心を突いていることを実感するようになっていった。その後、それが真実であると本当に確信するためには、その見方で実際に生きてみて、それが本当に真実かどうかを現実として体験してみるしかないと思い、当時としては、非常に勇気がいることであったが、教師という世界から足を洗った。しかし、その見方で生きるということは、厳しい現実の繰り返しが待っていることを意味し、この本にもあるように、混乱、不安、恐れ、疑い、孤独、死の恐怖等々が交錯する、まさに、天地がひっくり返る体験の連続だった。同時に、そのプロセスでも、新たな情報が次々に手元にもたらされたが、そのすべてを受け入れ、時々の社会情勢に投影させながら統合していくという作業を繰り返すことによって、だんだんと自らの体験に統合されていき、著者の確信はどんどん強固になっていった。そして、今ではその確信は絶対の真実となっている。この本に書いた通りに実践した総決算が、この本なのである。

このプロセスで得た様々な情報は、それがどんなものであれ、受け取ったものは、現代社会の要素に統合するべく、片っ端から実行に移していった。そして、今の世にある様々な学説、意見、教理、思想、哲学、預言、予言等々とも照らし合わせて検証しながら、その結果を再統合することで、確固たる確信を得るに至った。この本は、著者の全人生を賭けたフィールドワークと著者自身の実体験を通してすべて事実であると確認した上で書いたものである。この本は、突然のメッセージから始まった、著者の体験の総まとめでもある。

これまでのプロセスを、今、改めて振り返れば、今ここまでの長い長い道のりの中で、多くの人が来ては去っていった。本当に孤独の極致を味わった時期もあったが、結局、最後までずっとそばに居て支えてくれたのは、家内だけであった。どんなに苦しい時でも、誰にも相手にされなかった時でも、著者がどんなに「無謀な」行動をとった時でも、著者を信じ、言語に絶する苦労に耐えて、支え続けてくれたのである。著者が自らの道を貫き通したことで、まさに、かけがえのない永遠の「ソウルメイト」に出会うことができたことは、著者にとっての最大の贈り物である。今ここで思うことは、ある人は著者を非難する形で大切なメッセージを残してくれ、ある人は精神的、経済的に苦しい時期を快く支えてくれた。結局は、善かれ悪しかれ、今まで出会った「すべての人たち」のお陰があって、この本を書くことができたということである。この本は、著者が今まで取り組んできたことの報告書であり、著者の最高最大の感謝の表現でもある。従って、この本を世に出すことは、家内を始めとして、肯定的であれ否定的であれ、今までの著者の歩みのプロセスに関わり、支えてくれた、すべての人たちへの本当のご恩返しの始まりであると思っている。

この本をきっかけにして、一人でも多くの方々が、本当の天国の現実を体験することができたならば、著者にとって、これ以上の喜びはない。著者のこれからの大切な仕事は、本当の天国(ミロクの世)に戻ろうと決めた方々のお役に立つことである。それは、著者のライフワークであり、大神の親心、誠意に応えることであり、本当の意味での神のお手伝いとなるからである。それはまた、日本(世界)の真の再生に貢献すること=本当の社会貢献でもある。そのためならば、著者は、全身全霊でお手伝いをさせて頂くが、それは、著者の持っているすべての体験と情報を駆使して、ものの見方、視点の変え方、トリックの外し方、言い換えれば、身魂の大掃除のノウハウとそのための材料を提供することであり、著者が直接、読者諸氏の心の大掃除を代行すること=あなた自身を真釣りの響きに変えて差し上げることはできない。著者(この本)は、あくまでも、あなたご自身の真釣り戻しのための鏡となることができるだけだということをご承知の上で、使って頂きたい。

著者は、現代社会の中でこの本を書いて公開することが、自らの人生のライフワーク、言い換えれば、それがこの世で果たすべき自分の役割であり、「天職」であることを、この本を書くに至るまでのすべての体験を通して確信した。そして、刊行が終われば、本当の天国に戻るスタンバイが完了するであろうことも予見している。まさに、著者の今までの人生は、この本を書くためにあったのである。これは、著者の体験上、時を経るごとにハッキリと見えてきた事実であって、今となってはこれを疑う理由はどこにもない状態にある。

著者は、13年間、殆ど毎日何らかのメッセージを走り書きしていたため、その量は膨大なものである。従って、それをすべて公開しようとしたならば、その整理だけでとんでもない時間と労力が必要となり、いつになったら公開できるのか、目処も立たない状況に呆然とすることになっただろう。メモの中には、著者自身にも読み返せない走り書きも多く、すでに灰となって埋立地でビルの土台と化しているものもあり、今となっては、それはできない相談である。また、メッセージの中には、著者自身へのガイドとしてのものも含まれているから、すべてを公開しても、実際には意味がない。結局は、読者諸氏が実践していくにあたってのポイント、実際に使うにあたって参考にできる材料だけを要約して公開すればよいから、その企ては実現しなかったのである。メモは灰になったが、著者の心の中には、その時その時の体験と共にすべてのメモが整理してしまってあるから、必要とあらば、いつでも、補足説明や材料の追加、詳細な内容の提示等の形で、この本をたたき台として話をすることは可能である。この本は、著者が書いてきた膨大なメモの内容を過不足なく網羅した究極の要約であり、実体験を通して検証した結果を基に、現代社会に生きる読者諸氏にわかる形に翻訳した「日本真道の実践入門書」として書かれたものと言える。

突然、個人的な話になってしまったが、あなたがこの本を使うにあたっての何かの参考になればと思い、著者自身の総まとめと、今まで支えてくれた方々への感謝の意味も込めて、この本が誕生するまでの経緯のほんの一部分を、今ここで紹介させてもらった次第である。

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【2010/11/10 06:34 】 | 長谷章宏最新レポート
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